和霊神社は、仙台市青葉区一番町に鎮座する神社です。
商業のまち・一番町の発展を支えてきた人々に大切にされ、長年にわたり街の歴史とともに歩んできました。
和霊神社のルーツは愛媛県宇和島市の和霊神社ですが、一番町にゆかりの深い山家家をはじめ、多くの商人たちの信仰を集めてきたと伝えられています。
令和8年3月、より多くの方に親しまれる場所を目指し、フォーラス屋上から地上へ遷宮しました。

和霊神社は、仙台市青葉区一番町に鎮座する神社です。
商業のまち・一番町の発展を支えてきた人々に大切にされ、長年にわたり街の歴史とともに歩んできました。
和霊神社のルーツは愛媛県宇和島市の和霊神社ですが、一番町にゆかりの深い山家家をはじめ、多くの商人たちの信仰を集めてきたと伝えられています。
令和8年3月、より多くの方に親しまれる場所を目指し、フォーラス屋上から地上へ遷宮しました。



和霊神社の主祭神は、仙台藩祖伊達政宗の長男・伊予宇和島藩の初代藩主伊達秀宗に仕え、悲劇的な最後を迎えた山家清兵衛公頼です。
清兵衛の子孫である山家豊三郎頼道は、和霊神社とともに明治維新後没落した士族の町から商業の町へと再興し、現在の一番町商店街の基礎を築きました。
このページでは、和霊神社の歴史や由緒、街とのつながり、そして未来へ受け継いでいきたい文化をご紹介します。

「和霊神社って、いつからここにあるの?」
「どうして一番町に祀られているの?」
「宇和島とはどんなつながりがあるの?」
そんな疑問を、子どもから大人まで楽しめる紙芝居形式でご紹介します。
制作されたのは平成15年7月20日。和霊神社が一番町へ祀られた背景や、街の発展とともに歩んできた歴史を、制作当時の物語としてお楽しみください。
歴史を知ることで、いつもの商店街の景色が少し違って見えてくるかもしれません。
和霊神社の由来
四国の宇和島市・宇和島教育委員会・宇和島市立伊達博物館・(財)宇和島伊達文化保存会 ・ 和神社・東一番丁物語 (柴田量平著私家版)・乱世を生き抜いた政宗(伊達篤郎著私家版)、 台原の山家守雄様よりお借りした資料等を参考に紙芝居を作りました。
伊達秀宗誕生秘話
秀宗(幼少・兵五郎)は政宗の長男として、天正十九年(一五九ー)十二月に生まれた秀宗は、伊達家の跡取りとして誕生しながら人質として流転の人生を歩むことになる。
政宗と秀宗の愛憎
伊達家の人質として徳川幕府の手中にあった秀宗は大坂冬の陣に出兵し、功績として宇和島十万石を賜ることになった。伊達政宗が関ヶ原合戦に参戦する際、家康は旧領地を返還を政宗に約束したが、仙台築城許可を与えたのみ。政宗の再三にわたる要求に幕府は伊予宇和島十万石を加増したのであった。
未知の宇和島
仙台藩主伊達政宗の長男秀宗、家臣とその家族たちおよそ二千人が宇和島に向かう心情は早春の陽気に反して暗いものであった。
秀宗が入国する以前の宇和島は陸の孤島といわれる程、交通や地理的条件が悪く、庶民は悪政と重税で苦難にあえいでいた
山家清兵衛の功績
政宗は秀宗の宇和島入国に際し六万両を持たせ、仙台藩の家臣山家清兵衛を秀宗の御守役として宇和島藩の経営補佐を命じた。
当時の宇和島は無秩序状態で略奪や事件が横行していたため、清兵衛は自分の屋敷を解放し、近所の子供大人達を集め人づくりに力を入れた。
山家清兵衛の功績
宇和島に入った清兵衛は領内を調査し、杉、ヒノキの植林、漁業、養蚕、ろうそくづくりなどの産業振興に力を注いだ。清兵衛が植林を奨励し杉やヒノキが植えられた宇和島市東部の山々は今も山家造林地と呼ばれ、民を励まし自ら作業を手伝う清兵衛は庶民から抜群の人気となった。
山家事件
政宗からの借入金六万両をめぐる決定に侍大将の桜田玄蕃を筆頭とする藩士の多くは不満をつのらせ「反清兵衛派」を形成。
元和六年、自宅で清兵衛と三人の子供たちは、何者かに襲われて殺害されてしまう。しかし、襲撃を事前に知っていた清兵衛は、妻と未娘を宇和島から逃がしていたのであった。
宇和島の神と清兵衛の名残
山家事件以来、その関係者や清兵衛に逆らった者はことごとく死んでしまう。また、海難、落雷、洪水、大飢などの天災が多く発生したため人々は清兵衛のたたりと恐れ、秀宗は清兵衛の霊を和らげるために城外に祠を建て守護神としてその霊を祀り、その後一大神社に造営された。
東一番丁と山家豊三郎
山家豊三郎は東一番丁を如何なる町に開発させ、又職を失った土に如何なる生活をあたえようかと苦心、彼の随臣であった近藤文吉に煙草刻みを習得させ煙草屋を開業させ、夜店を開き始めた。このようにして東一番丁の元が出来あがっていったのである。
一番町三社まつり
以前は各町毎に神社の祭日に合わせて行っていたが、町名変更により、大町が一番町三丁目になったのを機に商店街の絆を深めようと合同で催すようになった。
・野中神社(サンモール一番町)・えびす神社(おおまち商店街)・和霊神社(一番街商店街)
現在の一番町一番街
「ドーム型アーケードの下をぶらぶらと歩ける街」との意味を込めた愛称「ぶらんど~む一番町」は1993年に完成。東北で初めてアーケードを設置したほか、通りを歩行者専用道路にするなどして、常に時代の一歩先を行く街づくりをすすめてきた。

住所:〒980-0811 宮城県仙台市青葉区一番町3丁目10−5